どうも、Carlです。

前にも書いたかもしれませんが映画という媒体は見た人の経験や考え方によって無限に形を変えていきます。
製作側が意図したメッセージとは異なるメッセージを観客が受け取る場合もしばしば。
(なので自分にとってはすごくいい映画であっても他の人は最悪の出来ということもあります)
これは映画の楽しみ方の一つです。
決まった”答え”など存在せず、自分だけの解釈ができて、しかもそれでいいという唯一の娯楽が映画です。
(それもこれも役者、照明、カメラの動き、衣装、音楽、そして編集とこれだけのものが集結したマスターピースだから可能なものなのでしょう。)

しかし、安易なアクションやコメディやホラー系はストーリーをあまり重要視しないために”どういう話”なのかを全てお膳立てしていしまいます。
つまり、製作側の思うメッセージへと誘導されてしまうのです。
本来一つの映画をおかずに感じ方の違う人たちが何時間も語り合えるのが映画。
しかし、みんなが同じ感じ方をしてしまえば「面白かったねー」で終わってしまうのです。
(特に近年の映画はそういうものが多いと思います。)

キューブリック監督なんかはそういう映画ばかり作りますよね。
2001年宇宙の旅(1968)の原作著者であるアーサーCクラークは「もしこの映画が完璧に理解されたとしたら私たちは失敗したことになる」と残しています。
人生と同じで映画も自分で自分なりの意味を見いだすものなのです。
なのでどうか複雑な映画を見ても「なんかよくわからなかったw」で終わらずにその映画の意味を、自己完結でいいので、見つけてみてください。

モノローグが少し長くなりましたが、今回は現代を生きる難解映画職人ニコラス・ウィンディング・レフン監督の新作について僕なりの解釈を解説してていきたいと思います。
SPOILER ALERT
ネタバレ注意

theneondemonquadposter

ネオンデーモン(2016)
The Neon Demon

DIR: ニコラス・ウィンディング・レフン
STR: エル・ファニング
   キアヌ・リーブス
   ジェナ・マローン
あらすじ
モデル業界に新しく入ってきた美少女ジェシーの話。
(いやこの映画のあらすじ考えんの難しすぎw)





レフン監督のドライヴ(2011)は僕のオールタイムベスト映画です。
(考察はこちら
独特な色使いとカメラワークは鳥肌が立つほど美しいです。

そんな彼の最新作はこれまた美しい女性エルファニングを主人公に使った話。
期待を胸に映画館へと足を運んだのですが去る時は頭にはてなマークがたくさん生えておりましたw
音楽、カメラワーク、色使い、パフォーマンスは素晴らしいのですがいかんせん何が起こったのか全くわからない。
ということでPCに入れてノートをとりながら二回目を見てみました。
疑問点を一つずつ書いていこうと思います。

①部屋にいたライオン
33 PM

この映画の疑問点は幾つかありますがまず気になったのは雌ライオンですよね。
レフン監督はインタビューで「これには明確な答えはありません」と語っています。
なのでこれは僕の解釈ですが、この雌ライオンはジェシー自身の比喩ですね。
(なのでジェシーは自分の部屋にライオンがいたというのに驚きもしません。)
この雌ライオン、一見凶暴そうに見えますが耳を後ろにしています。これは何かに怯えている時の体勢です。
つまり、モデル業界は食うか食われるかの世界。
人を蹴落として登りつめていかなければならない。
しかし、ジェシーは他のモデルを”食う”素質のある外見を生まれ持っていながら周りに噛み付いたりしません。



②ジェシーの変身
ショーの途中に奇妙な青い逆三角形が現れ、それが赤くなった途端ジェシーの顔つきが変わります。
彼女が傲慢になったのは明らかですが具体的に何が変わったのでしょうか。
僕は最初見た時”自信がついた”んだと思いました。
けどよく見てみると、最初ディーンと話してる時に「自分が可愛いのは知ってる」と自信持って言っちゃってます。
ではなぜああなったのか。

ルビーxジジxサラの3人が話していたように、ジェシーは”特別な何か”を持っていました。(もちろん容姿も天性の美しさですけど)
そこはやっぱり透き通るような純心なのでしょう。
オーディション後のサラを気遣う優しさや、いつも怯えてるか弱さ、嘘をつきたくないという誠実さが彼女をスペシャルにしているのです。
自分の美しさをお金を稼ぐ(生きる)ためだけに使おうとしたり(その気になれば権威持つ人と肉体関係を持ってすぐにでものし上がれるというのに)、お月様に「私のこと見える?」などと聞いたり(可愛い)、欲というものが全くなかった青(変身前の)ジェシー。
しかし、今まで自分が正しいと思ったことをやっていた美少女はいつの間にか人に求められることでしか自分に価値を見出せなくなってしまいました。
「ファッションと言うのは消費者の美しさに対する執着心を映し出す鏡だ」レフン監督もインタビューでこう語っています。
つまり、モデルたちが美しいから消費者が求めるのではなく、消費者が求める美しさにモデルたちがなる。ジェシーの場合は消費者に限らず周りの人間全てがそれに当てはまります。
本当は「美しくなくてもあなたは素晴らしい」とディーンみたいなことを言ってくれるのが家族なのですが、彼女の場合すでに両親とも他界(?)したみたいですし。
周りは外見のことしか言いません。
気づきましたでしょうか?この映画でジェシーとまともに会話をしたのはディーンだけです。
その他の人たちは彼女の人格や意見に一切目もくれません。
「もし彼女が美しくなかったらお前は足を止めなかっただろう」レストランでファッションデザイナーが言っていました。
「みんなが私を求めてくれるのは外見のおかげだ。だから常に美しくなくてはならない」
そう思ったジェシーはナルシシズムの権化(赤ジェシー)へと姿を変えてしまいます。

ある程度のリサーチの結果、ナルシシズムとはいわゆる自分大好きではありません。
(自分大好きならば自分のダメなところもひっくるめて大好きです)
しかし、ナルシストは主に親の過剰な愛情、逆に欠乏や虐待によって生まれます。
   母「あら、テストで100点取ったの?あなたは天才ね!すごいわ!」
   子供「僕は天才なんだ。ってことは天才じゃないと愛してもらえない」
優秀であると常に言い続けられると”優秀な自分”が愛されるのだと思い込みます。
しかし、人生そんなに甘くない。できないことにもぶつかるでしょう。
そんな時に少しでも”できない”が出てくると他人からの愛が失われるのを避けようと防衛本能が働きます。
それが”見栄”です。
自分でダメな自分を否定して理想の自分にしがみつくのです。

思い出してみてください。ディーンと出かけた時の青ジェシーはお得におしゃれな格好もせずにありのままでいました。
対して赤ジェシーは四六時中メイクをしてドレスを着ていましたよね。
あれは、もしも綺麗じゃないと言われた場合自分の存在価値がなくなるので常に美しくいなければいけないという心理の下です。
逆に言えば、美しいと他人から認められていられる。
なので、変身中の三面鏡でのキスやクライマックス前に鏡の前でオシャレしてるのとかは全て”自分”に酔っているのではなく”綺麗な自分”に酔っているのです。
(これはルビーxジジxサラにも言えます)

どんな映画に出てくる鏡は主に二面性を表しています(別の自分を演じているなど…)。
この映画にも鏡はたくさん出てきます。大体は化粧している時などですが、そんな時も”綺麗じゃない自分を否定して隠そうとする”ナルシシズムの定理が当てはまります。
モーテルを出てルビー宅(ほんとは違いますが)に到着した時はオシャレをしていなかったからか別の方法で承認欲求を満たそうとしてきます。性的誘惑です。
一見ルビーが勘違いしてレイプまがいになったと思われがちですが、あれは完全にジェシーの確信犯で誘ってますねw(セリフ的に)
しかも、あの時だけなぜか以前の青ジェシーになってますしね。
このショット、明らかに意図して鏡をフレーム内に含む構図になっています。
青ジェシーを演じている赤ジェシーを表しています。
08 PM




③ネオンデーモン
上の②ではリアリスティックにキャラクターの内面の話をしましたが、ここでは映画的ストーリーの話です。
ぶっちゃけ言ってしまえばタイトルにもなっているネオンデーモンとはルビーxジジxサラのことでシンボルである逆三角形の三つの角を表しています。
これはレフン監督もインタビューで言っていますね。
悪魔といえば血で交わす契約ですね。
…そうです、サラに血を舐められてます契約してます!(多分赤ジェシー解放の契約)
そして、後にその代償を払わせに来たのでしょうね。
22 PM

逆三角形のシンボル自体がネオンデーモン本体で、3人はそこから力をもらいデーモンとして君臨していると僕は解釈しています。
要するにジェシーはネオンデーモンに「端3つは埋まってるけど真ん中はまだ空いてるよ」と逆三角形の中の三角形の力を与えられたのです。
59 PM

ちなみに、僕の推測ですけど、「子どもの頃月が大きな丸い眼だと思ったの。だから見上げて行ったわ『私のこと見える?』てね」と言ったりしてますが、実は彼女の中でくすぶりながらも”その月のような存在になりたい”なんて意があったのだと思います。
多くの小さな輝きの中どーんと大きく輝く月に。
実際その欲が解放された赤の時、固めの周りにキラキラを塗ってプールの飛び込み台から見下ろしています。(星に囲まれた眼/月が上空に浮かぶイメージ)
39 AM

(どちらかというと、ネオンデーモンではなくてムーンエンジェルですね笑)



④美と死
この映画のテーマはもちろん”美”です。
しかし、裏のテーマも存在し、それは”死”です。
それはどういうことかというと、レストランでのディーンとデザイナーの会話が鍵です。
   デザイナー「美しさがなければ彼女は何もない」
   ディーン「それは違う」
   デザイナー「”大切なのは中身”と?」
   ディーン「ああ、その通りだ」
本当の美しさは外見ではなく中身から生まれるのです。①でも言ったように、純心が彼女を特別にしています。
なぜなら、もし外見だけが価値のあるものだとしたら死体で構わないのです。皆体が目当てですから。
中身が美しくないならむしろ邪魔なだけです。
ルビーの家(本当は違うけど)には豹、フクロウ、狼の剥製が飾ってあります。
欲しいのは体だけなのだから殺して飾っても同じ
特に写真で外見しか映らないモデル業界は外見を磨くことに執着してしまい内面をおろそかにしてしまいがちです(少なくともこの映画の中では)。
怯えて、泣いて、笑って感情豊かに生きるジェシー/雌ライオンは生きていましたよね。

ルビーのもう一つの仕事、死体に化粧する仕事(死化粧師)では中身がなくなってしまった空っぽの体だけでも美しくしてあげようというものなのかもしれません。
(ディーン以外)みんなジェシーの体しか見ていないのでルビーは死体をジェシーだと見立てて自慰ができたのです。

最初のディーンの写真はそんな悲しいモデル業界を物語っていたのかもしれないですね
neondemon-photoshoot-opening




⑤結末
ジェシーはデーモン3人組mに殺されて食べられてしまったわけですがそのあとはいったい何が起こったのでしょう。
僕の推測ですが、ルビーだけはジェシーを食していません。ただ血のお風呂につかっていただけです。
そして、それが理由で彼女はネオンデーモンの呪縛から解き放たれます
ルビーはその後、白昼堂々と裸同然の格好で水やりをしたり、同じ格好で穴の所(ジェシーの亡骸を埋めてると思われる)で雑誌を読んでいたりと外見を気にしているそぶりはありません
(以前まで鏡をじっくり見て化粧して鏡の中の自分にキスをしたりしてたというのに)
そして、月を見つめながら大量の血を流します。あたかも「私のこと見てる?」と言いたそうな表情で。(また全開で官能的なのにそんな雰囲気じゃないというエロ殺しw)
バスタブで大量にジェシーの血を浴びた彼女から大量の血が流れるというのは、彼女に巡る血が入れ替わる→生まれ変わったということなのではないでしょうか。

一方ジジとサラはというと、フォトシュートで海辺の家へ向かっています。
二人で撮影を行なっていると時々がえづき始め、「彼女を出さないと…!」と言ってお腹を切り裂いて死んでしまします。
これはおそらく体の中のネオンデーモンと取り込んだ青ジェシーの戦いによるものでしょう。
そもそも嘔吐というのは体内の異常物を体外に出そうとする行為です。彼女の中のネオンデーモンが体内に入ってきた青ジェシー/純真要素を外に押しやろうとしているのでしょう。
(死の瞬間一瞬赤いライトと青いプールが移ります。赤はネオンデーモンの象徴、青は純心の象徴です。)
対してサラには何も起きません。「あれ、おかしいな。何かしら変化があるはずなのに」そう思った彼女はジジの嘔吐物の中からジェシーのものと思われる目玉を手に取り口に入れます。しかし、何も変わりません。
最後に彼女の流した涙は「あれだけやったのに何の変化も訪れない」という虚無感によるものだったのでしょう。
考えてみたら3人の中でルビーと時々は少しの優しさを持ち合わせていましたがサラはかけらも持ってなかったですね。
もしかしたら、死に物狂いでトップを目指しているうちに彼女自身がネオンデーモン本体になってしまったのかもしれません。
(エンドクレジットでも彼女一人だけ写っていますし)




いかがでしたでしょうか。
これは僕の考えたセオリーであって正解とかは何もありません
(正直まだまだしっくりこない部分があります笑)
もしあなたがもっとつじつまの合う解釈をしたのなら是非教えてもらいたいものですね。
なぜなら無限に解釈できるのが映画であり、それを話し合うのも醍醐味の一つなのですから。

では。

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P.S.
レグン監督はインタビューにて「人が死ぬ瞬間を見た」と語っていますね。
それがこの映画のアイデアを思いついた時らしいです。
そう思うととても不気味な映画ですね〜