どうも、Carlです。

いやー長らくこのコーナーに手をつけていなくてすいません…
やはり勉強の方が忙しくて(映画見るのも忙しくて)どうもまとめる時間がありませんでした。
それともう一つ、まだ僕も学んでいる途中なのでわからないところなどもあり、皆さんにお伝えできるほどの知識を持ち合わせていないのですw
とりあえず4月に学年を終えて夏にまたちょこちょことまとめていきたいと思います。


Previously on The History...
さてさて、今回は歴史編エピソード2のわけですが、前回では映画の誕生をお話ししました。

今回はその後、技術的進歩に注目して、どう現代の映画の形になっていったのかを簡単に説明したいと思います。
映画にとって革命的な変化は大きく3つあります。
これらのことを英語で習っているので上手く訳せていないところや日本語の正式名称がわからない部分がございます。どうぞご了承下さい。)
The_Jazz_Singer_1927_Poster

The Evolution of Films
映画がどう約100年かけて今の形に定着したか



◯サウンドの誕生
今では当たり前になっている映画の重要な要素の一つ、
キャラクターの台詞はもちろん、劇伴や音響まで様々な形で映画を支えています。

しかし、皆さん(多分)ご存知の通り、約100年前には無声映画つまり音のない映画しかありませんでした
なんたって写真というものが発明されたのが1839年。
それもでっかい箱でシャッター押したら煙出てくるやつです。
それから約60年で映画が生まれ、”動きを録る”という概念だけでも大騒ぎだったのに”音まで録る”となったらさぞ大パニックだったことでしょう。

1927年、世界初のトーキー映画、ジャズシンガー(上の写真)が公開されました。
トーキーとは、別に録られた音を画と同期させる技術です。
この映画でトーキーが使われたのは少しのセリフと歌だけであり前編通してではなかったものの、巷ではものすごく話題になりました。
(シアターは「この映画を鑑賞後、絶対に口外しないでください」と念を押していたそうですw)
厳密に言えばジャズシンガーは初の発声映画ではないらしいのですが、世界にその技術を轟かせたのはこの映画で間違いないでしょう。

雨に唄えば(1952)を見ればわかると思うのですが、当時は録音するにはすごく手間がかかりました。
マイクに向かわないと上手く音を拾えませんし、音を画と繋げるときも質が悪く音量が小さいなんてこともしばしば。
一言に同期と言ってもそのプロセスは複雑ですし、それを行う機会は騒音がします。
そこで生み出されたのが当時まだ今のような大手ではなかったワーナープラザーズが開発したヴィタフォン
ヴィタフォンは実際の世界初発声映画であるドン・ファン(1926)の製作に使われました。
以前のものに比べると質も良くなりました。
vit423

しかし、何せこんな大きな機械が別の部屋にあったり電話ボックスみたいなものの中にあったりするのでカメラと役者の動きはかなり制限されました

最初の頃はまだ上映する映画館も”音”のことなんて考えてなかったので同時にレコードをかけるという雑な流し方だったようです笑
やがて、発声映画が主流になってくると共に音響設備も整っていくことになります。

役者もまた大変です。
今まではジェスチャーや表情だけでストーリーを述べていたのに、急に喋らなくてはいけなくなりました。セリフを覚えなくてはいけなくなりました。
これも雨に唄えばで描かれていますね
まだこの映画を未見の方は是非ご覧になってください。
素晴らしいミュージカル映画であると共に、映画界が迎えた大きな転機がよく描かれています。
Singing_in_the_rain_poster

ちなみに、フィルムで撮影された映画のサウンドはネガにドット、凹凸として表記されています。




◯色の投入
もちろん映画の歴史の初期時代には色はありませんでした。
全ての映画が白黒です。
映画歴史には大きく分けて3つの段階がありました。

1: Film Tinting
簡単に言えば色のついたフィルターです。
アイデアも方法も簡単なので映画誕生のあとすぐにはすでに使われていたようですね。
しかし、赤色のフィルターを通せば画面全てが赤色になってしまうので奥行きやコントラストが消えてしまってあまり人気ではなかったみたいです。

2: Hand-tinting
訳すと、手動の着色です。
誰もが知っている通り、昔のカメラは今のようにハイテクなデジタルではなく、フィルムのネガに記録して映画を作っていました。
この手法は、そのネガに直接1フレームずつ手作業で色を塗ることです。
また別の機会にゆっくりお話ししていきたいですが、映画を撮影する際捕らえるフレームの速度のスタンダードはだいたい24です(詳しくは23.98fps))。つまり1秒間に24枚ものフレームが存在するわけで、たった1分の動画でも手で塗色しようとすれば1440枚に色を加えなければいけないのです…!
(なんとも気が遠くなりそうな作業w)
あとhand-tintingが行われた映画を見ていると色は付いているのですが物/人からはみ出たり、動いているように見えたりします。
1890年から1916年にかけて人気、というかその時一番最先端の技術がこれでした。

3: Technicolor
テクニカラー”は、詳しくは企業の名前なのですが人気が高く、hand-tintingの後1950年代まで使われていました。
(もともとはイギリスでKinemacolorという企業/技術が1908年から1914年まであったようですが授業では触れなかったので何が起こったのかは不明ですw)
これは今までの塗色とは違い、”カメラに色付きで画を捕らえさせる”ものとなっています。
しかし、問題点としては一定の色の彩度を異様に高くして捉えてしまうというものがあります。
Wizard-of-Oz-300x2211

オズの魔法使い(1939)はテクニカラーで撮られた最初の作品の一つです。
上の写真を見ればわかる通り、使われている色全ての主張が激しくて見にくいですね。
幾つかの色だけをピックアップしてしまうので、その周りの色が変わる、もしくは見えにくくなるという問題も浮上して当時色使いにはとても気を使わなければいけなかったみたいです。
さらに、照明をどぎつくガンガン使用しなければいけませんでした。
その後、この形を崩さず科学の進歩とともに進化を遂げていきます。





◯アスペクト比の変化
1950年代以前の映画を見てみると画面が狭くて「ん?」となることがあると思います。
アスペクト比とは画面の縦と横の割合です。そして、50年代までは横:縦が4:3でスタンダードでした。
その頃、テレビが復旧し始め、映画館から客が遠のいていました。
そこで、フィルムメーカーたちはもっと迫力を味わってもらうために横長の画面で撮ることにしたのです。(なぜ横長かというとその方が人間の目が違和感なく見ることができるようになっているからです)

そこで最初に現れたワイドスクリーンがCinerama(シネラマ)です。それから、20th FOXが手がけたもっと安いCinemascopeが現れます
(ララランド(2016)でも使用されていました)
ネタバレなし感想はこちら 解説/考察はこちら
アスペクト比は1:1.33以上の物がワイドスクリーンとされます。
ちなみに、35mmや70mmフィルムカメラはアスペクト比1:2.2です。

横長、簡単に変えたものの問題点はたくさんありました。
まず、レンズが合わなくて画面の角の方が少し歪んでしまう現象が起こりました。そのため、アナモルフィックというレンズを使って撮影したところ今度は上映の際にも同じ問題が起きてしまいました。
結局プロジェクターのレンズもアナモルフィックを使って解決したものの、画面が広すぎて今度は作り手があたふたしてしまいます。
画に奥行きがなくなったり、たくさんのものを写してもフォーカスが合わなかったり、登場人物を一気2写せるので編集があまり必要なくなってテンポが遅くなったりしました。

しかし、いいところもあります。
ロングショットで場所や距離感を簡単に把握させられたり、キャラの配置によってストーリーをわかりやすくさせたりできるようになりました。
そして、変更当時すぐに適合できなかった問題もやがて新たにストーリーを語るための強みに変わっていきました。




映画の歴史が始まって100年とちょっと。
いろんな時代の映画を見てみると、歴史的背景だけでなく技術的進歩も反映されてて面白いですね。

では。

ジャズ・シンガー【字幕版】 [VHS]
アル・ジョンスン
ワーナー・ホーム・ビデオ
1998-04-23


雨に唄えば 製作60周年記念リマスター版 [Blu-ray]
ジーン・ケリー
ワーナー・ホーム・ビデオ
2013-12-04





P.S.
サウルの息子(2015)では逆にアスペクト比を1:1のスクエアにして主人公の心理を描いていて面白いですね。
サウルの息子 [Blu-ray]
ルーリグ・ゲーザ
Happinet
2016-08-02